鹿嶋神社(助川) / 茨城県日立市

鹿嶋神社(助川) / 茨城県日立市

鹿嶋神社 御朱印

御朱印は「角」「鹿」「心」の3種類用意されています。今回頂戴した御朱印は「角」になります。また、月によっては限定御朱印を頒布することもあります。詳しくは助川鹿嶋神社Facebookでご確認ください。

 



茨城県日立市に鎮座する鹿嶋神社の御朱印です。大同四年(809年)に鹿島神宮から御分霊を勧請したとのことですが、詳しいことは不明です。日立市内には8社(鹿島町、会瀬町、成沢町、多賀町、大久保町、南高野町、大和田町、神田町)ほど御分霊されており、旧地名をとって助川鹿嶋神社と呼ばれています。

旧地名「助川」の名前は古代の『風土記』の時代から見られ、『常陸国風土記』の久慈郡には密筑里(日立市水木が遺称地)から北東三十里の位置に助川の駅家があると記載されています。

神社には水戸藩第二代藩主徳川光圀公または綱條公が奉納したと伝わる『四神旗』が残されています。四神とは、四方の神で『東は青龍』『西は白虎』『南は朱雀』『北は玄武』、朝廷で元日朝賀・即位などに紫宸殿の庭にたて威儀を整えた旗です。

天保7年(1836年)、徳川斉昭公の命によって助川(海防)城を築城されました。水戸藩家老である山野邊義観が助川城築城の際、当鹿嶋神社を守護神として地鎮祭を執行しました。

例祭である10月15日には、茨城県指定無形民俗文化財の『助川ささら(佐々羅)』が供奉されます。鹿嶋神社の佐々羅は江戸時代から日立地方に伝わっている獅子舞で、三頭の獅子舞がその年の邪気を払って五穀豊穣を祈願する舞です。

助川ささらとは
正式名称を助川佐々羅とし、助川佐々羅保存会により伝承されており、市内にあるほかの宮田・会瀬・成沢・諏訪・大久保・水木のささらとともに県の無形民俗文化財に指定されています。助川鹿嶋神社の祭典に奉納されるものですが、德川光圀の命により現在の神峰公園下にある神峰神社が宮田・助川・会瀬3か村の鎮守と定められたからは、神峰神社の大祭において宮田・会瀬ささらとともに、ささら舞を奉納し露払いの役をつとめます。

 

御朱印授与場所

社務所:9:00~17:00
初穂料:300円
オリジナル御朱印帳:初穂料1,500円
オリジナル御朱印帳は手作りの御朱印帳です。毎月数量限定で月ごとにデザインが変わります。

 

神社情報

■鹿嶋神社(かしまじんじゃ)
通称名:助川鹿嶋神社
創建年:伝・大同4年(809年)
御祭神:武甕槌大神
旧社格:村社、神饌幣帛料供進社
例祭 :10月15日
参拝日:平成30年9月1日

 

鹿嶋神社社殿

現在の社殿は、昭和36年10月15日社殿並びに社務所を竣工し御出社の大祭礼を斎行しました。昭和60年には社殿の屋根を銅板葺に葺き替えています。

 

御由緒



武甕槌大神は、神代の昔、香取の経津主大神(フツヌシノオオカミ)(香取神宮)と共に天照大御神の命を受けて出雲へ下り、大国主命と国譲りの話し合いをされ、後に国内各地を歩かれて日本建国の基礎をつくり統一に尽くされました。武甕槌大神は水利と風光に恵まれた鹿島(鹿嶋市)を基点に香取の大神様と共に東国の開拓を果たされ、御分霊も奈良県の春日大社や宮城県の塩釜神社などの大社をはじめ、全国に二千社におよんでおります。 日立市には八社御分霊されており、(鹿島町、会瀬町、成沢町、多賀町、大久保町、南高野町、大和田町、神田町)当鹿嶋神社も鹿島神宮を本宮として御分霊された神社です。水戸二代藩主徳川光圀公または綱條公が四神旗を奉献したと伝えられております。
~鹿嶋神社HPより~

 

鎮座地

所在地 :茨城県日立市鹿島町2-4-4
最寄駅 :JR常磐線日立駅下車 徒歩20分
駐車場 :あり
拝観料 :無料
拝観時間:境内自由
公式HP:http://kashimajinjya.com/

 

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