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中里諏訪神社 御朱印 / 千葉県我孫子市

中里諏訪神社 御朱印



千葉県我孫子市中里に鎮座する中里諏訪神社の御朱印です。創建から江戸時代までの詳細は古文書や記録の類が全くないため不明であるが、旧中里村の村社で、中里村の鎮守社(土地を守る神)として、村民の信仰を集めていた。境内には数多くの石像物があり、地元の方々の信仰の厚さが伺える。10月に行われる例大祭では子供神輿が中里地区を練り歩き、境内では厳粛な神事や地元の方々の演芸が行われるなど、湖北地区の方々の交流の場として盛大に開催されます。御朱印は本務社である天照神社でいただくことが出来る。

 

中里諏訪神社御朱印授与場所

天照神社社務所、初穂料:300円
オリジナル御朱印帳なし

 

神社情報

■中里諏訪神社(なかざとすわじんじゃ)
創建年:天正4年(1576年)
御祭神:武御名方尊
旧社格:村社
例大祭:十月上旬の日曜祭日
参拝日:平成30年1月2日

 

中里諏訪神社社殿

社殿は、大正15年に拝殿の修繕と本殿の改築が行われ、昭和30年にも修理されて現在に至っている。拝殿と本殿を相の間でつなぐ形式で、拝殿は切妻造、鉄板葺、向拝付、本殿は切妻造、鉄板葺である。また、社殿右手には社務所が新築された。

 

中里諏訪神社御由緒



当諏訪神社の創建は古く、戦国の世が漸(ようや)く終ろうとする、天正四年(1576)年三月のこととされる。祭神は「武御名方尊(たけみなかたのみこと)」である。武御名方尊は、祖父を須佐之男命(すさのおのみこと)、父を大国主命(おおくにぬしのみこと)とし、本社諏訪大社のある信濃国(長野県)の開発に尽力した神として知られている。創建から江戸時代にかけては、当神社に関する古文書の類は残念ながら全く見あたらず、この間の詳細は不明とせざるを得ない。しかし、当神社が中里村の産土(うぶすな)として、村民の寄合や祭の場といった役割をはたしたことは間違いないであろう。なお、境内にある最古の石造物は勢至菩薩(せいしぼさつ)で、「延宝九(1861)年辛酉(しんしゅう)九年二十三日」の年紀が刻まれている。

「湖北村誌」によれば、当神社の規模は、大正九(1920)年の時点で境内坪数が五百三十五坪、氏子戸数が五十戸、采田が六畝四歩とのことである。また、明治四十一年十二月二十六日には、北島原の熊野神社(天正五年一月創建)・外川神社(天保二年三月創建)・山王神社、六番作の水神社、南原の稲荷神社、弁天作の弁天神社が当諏訪神社に合祀されている。

現在の社殿は、大正十五年建立の社殿が老朽化したのに伴い、氏子総代・中里区民その他有志の方々の寄附により、平成十六年十二月に再建されている。社殿は本殿(二・五坪)、祝詞殿(三坪)、拝殿(八・七五坪)からなり、いずれも銅版葺きで、本殿屋根上に千木(ちぎ)一対、鰹木(かつおぎ)六本を備えた堂々たるものである。

当神社に関わる伝統行事には、元旦の元朝詣り(がんちょうまいり)、正月七日の御備社(おびしゃ)、二月の初午(はつうま)(稲荷さま)、十月の例大祭、十一月の七五三などがある。とくに例大祭には、子供神輿が中里区内を練り歩き、境内では厳粛なる神事のほか素人演芸会がも催されるなど、中里区民のみならず湖北住民の交流の場として毎年盛大に挙行されている。また元朝詣りでは、初詣客に甘酒が振る舞われ、その行列は境内からあふれるほどの賑わいをみせている。
平成十七年七月

中里諏訪神社 神社由来より

 

中里諏訪神社鎮座地

所在地 :千葉県我孫子市中里667
最寄駅 :JR成田線湖北駅
駐車場 :あり
拝観料 :無料
拝観時間:境内自由
公式HP:https://nakazatosuwajinjya.jimdo.com/

 

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